読み返すのは3、4回目。
小説は一度読んだら本棚におさまったままであることが多いが、長野まゆみの小説の場合、気づけば何度も何度も読み返している。
ものがたり自体が面白いのは勿論だが、その言葉の使い方が耽美的であり矜持に満ちていて、文字を読むことの楽しさを感じることができるから。
この小説は、思春期の揺れが描かれている。
鬱屈した中にいても気づかずに順応してしまう若いが故のしなやかさと、そこからはみ出したときの孤独感。
そして、つかもうとしても離れてゆく喪失感と、手の中に残るものの温かさを感じる小説。
私は長野まゆみの小説が100%理解できたことがないと思う。
読み返せば読み返すほど、新しい発見があり、過去に読み解いたはずの答えと全く違った感覚を覚えるのだ。
しかし長野まゆみ作品の中で一貫して云えることは、その季節感にある。
時代背景がどうあれども、季節感ははっきりしている。
春の匂い、夏の湿気、秋の静けさ、冬の冷気、それは長野まゆみの鋭い感性とそれを彩るための知識にあると思う。
くどいくらいに頻出する様々な季花の名前。湖の色に木々の陰影。
訴える小説ではない。
公園の湖や花、そこに歩く人をただ眺めるように、この小説を読む。
ただ美しいと感じるから立ち止まって見つめる。
まるで一枚の絵画のような小説なのだ。
だから、私は長野まゆみの小説を買う。
私の心を揺さぶらずに、ずっと平行線のまま変わることなく美しいと思えるから、嫌うことも飽きることもなく、常に私の傍らにい続ける本だと思うのだ。